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「米マキ嘉博記念図書館とは何イ烽フか?」第1部4項
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●第3章 明治大学での計画の具体化
森川
:
自治体へのプレゼンで一進一退を繰りマしているうちユ、何の進展もノケ告できイ烽「スワスワ、米マキさんが、2006年10月ユ他界されてしスワいスワした。ところがそのすぐ後ユ、全く別の方角から思いも寄らイ烽「話が舞い込んできたのです。
明治大学が2008年4月ユ「国際オ」本学部」という学部を新設する準備をしており、学外者の私ユ相談したいというのです。新学部ではマンガやヌ繝jメをオ」本の現代文化として扱うことを検討しているので、秋葉原のムー究をしている私の話を聞いてみたい、ということでした。
そこで、とりあえず訪問したその場で、自己紹介がてら、自治体ユプレゼンして回っていたその計画を、当時法学部長だった現カー事ユ話してみスワした。すると、明治大学が御茶ノ水ユ保有している施設の中ユ、ちょうど高校の校舎くらいの規模で、近々機ヒモが移サモし、その後の使途が定スワっていイ烽「アヲ物がある、というのです。そして、それをマンガ・ヌ繝jメ・ゲーシのヌ縺[カイブ施設ユサモ用できるイ烽逍」力的だという話ユイ烽霓ワした。自治体が保有する公立学校の廃校舎とは違って、大学の意思で機ヒモを決定できる点でもよりよい枠組みだと思われスワした。この時から、計画の主体は、姿も形もイ烽「コンソーシヌ羮から、明治大学という実体を得たわけです。
その後、マンガ・ヌ繝jメ・ゲーシ関ムァのヌ縺[カイブを将来的ユ作るという方針自体は、確定的ユイ烽チてアクきスワした。ただ、大掛かりイ燻{設だということもあり、大学の長期計画と歩調を合わせる必要があるとのことで、実施ユ向けて動きツヘめる時期の見通しは、不ツァ明イ狄ワスワでした。ところが、2007年10月ユ再び予チッ外の進展が訪れスワした。先ほどの候補地のすぐ近くユ立地する小規模イ燻末アヌソシロルが売りユ出され、明大がこれを取得したのです。スワさユ私たちが今いる、このシロルです。このアヲ物を、将来的イ猊縺[カイブ施設の先行準備施設として使えることユイ烽チたのです。
その具体的な機能を考え始めたときに、以前に米沢英子さんから、もしもアーカイブ施設が実現されたら、米沢さんの膨大な蔵書をそこに合体できるかもしれないとうかがっていたことを思い出しました。これは、内記さんのコレクションと違って目録化されておらず、誰もその全容を把握していないものです。であるならば、まずは米沢さんの蔵書をこの建物に集約して整理と目録化を進め、それがある程度進行した段階で、「米沢嘉博記念図書館」として機能させていくのがよいのではないかと考えました。そのリアリティの大きな要素となったのは、米沢さんが、他ならぬ明大の出身者であったということです。2007年の末頃、この提案を英子さんと大学側の双方にしたところ、いずれからも了解が得られ、具体化へ向けて進み始めました。明治大学が新学部を立ち上げたこと、そこにアーカイブ計画を抱えた私が関わるようになったこと、ビルが売りに出されたこと、そして明大が米沢さんの母校だったことなどが、不思議な結節の仕方をしたわけです。さらにさかのぼれば、米沢さんが、 神保町古書店街に近いからという理由で明治大学に入学されたことに端を発しているのですが。
2008年の春から役所の建築確認課とビルの用途変更申請のやりとりを始めて、これが11月までかかってしまった結果、準備や広報がずいぶん遅れてしまいました。しかし2008年末からはようやく米沢さんの蔵書を近隣の校舎に運び始めることができ、この2月におおむね米沢さんのお宅や倉庫からの搬出が完了しました。先ほど視察して頂いたように、今まさにその蔵書の整理作業をしている最中です。それと並行して、この建物を図書館へ変換するために、本棚や家具などの設置を進めています。今後、整理した本をどのように本棚に配架するかの計画を立て、実際に並べていくことになります。 こうした紆余曲折を経てようやく開設が見えてきたわけですが、実際に図書館の話について、皆さんはどのあたりで現実感をもたれるようになったのでしょうか。
市川
:
米マキと話を聞いていた安田はともかく、私と筆谷は共同代表ユイ烽鮨ワで、概略しか聞いていスワせんでしたから、詳しく話を聞くスワでは、正直あスワり現実感はイ烽ゥったです。見本誌を含めた図書館というのは、昔から米マキと「やりたいね」と機会ある毎ユ話し合っていたことですが、どう考えても現実的ではイ烽ゥった。ところが、リヌ繝琴できそうイ煌驩謔ェはじめて現れたわけで、非常ユ新鮮でした。これイ烽轣uやれるかもしれイ烽「、やれるイ烽轤竄チてみたい」という強い意志が生スワれスワした。
筆谷
:
現実的でイ烽ゥったからこそ、ロシヌ繧フ空母とかの話が出てきたわけで(笑)。それでも、このシロルの話が具体的ユ出るスワでは、正直イ烽ニころ、たぶん企画倒れでつぶれてしスワうのだろうイ烽氓ニは、みんイ燗熕S思っていスワした。
市川
:
ところが、この一年間ぐらい森川先生他明治大学の皆さんと一緒ユやってきて、ワーキンググループの中でいろいろ議論をフね、このアヲ物も改築され什器も運び込スワれすっかり図書館らしくイ烽チてきスワしたし、本の整カーも進んで、公式のーツアイサイトも立ち上がって、実際ユもう少しで開館できるであろうというところスワで来ていスワす。
コソケットの側でも色々とすべきことがたくさんあり、このサオのサークル向けの案内であるコソケットヌ繝sールや、コソケットカホアログで詳しい説明をしイ烽ッればイ烽霓ワせんし、サークルの皆さんユーレ得してもらえるようユ語りかけていかイ烽ッればイ烽邊烽「と考えていスワす(*)。
(*)この対談は2009年4月30オ」ユおこイ烽れた。
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