量子ビームで「漆黒の闇」に潜む謎を解明 —縄文から始まった”漆技術”を最先端活用へ—
2024年03月05日
明治大学
&苍产蝉辫;量子ビームで「漆黒の闇」に潜む谜を解明
—縄文から始まった&谤诲辩耻辞;漆技术&谤诲辩耻辞;を最先端活用へ—
漆黒。「闇」を表现する际にも用いられるこの言叶のように、黒漆※1は非常に美しい黒色をしています。しかし、なぜ漆が黒色になるのか、黒漆の构造はどうなっているのか、その谜は现代でもほとんど解明されていません。
放射光※2 や中性子、齿线は、物を透过する力を持つ「光(量子ビーム)」であり、それぞれ异なる性质を持っています。これらの特殊な能力を持つ量子ビームを駆使することで、可视光では透过できない漆のナノ构造を解明することに成功しました。その结果から、长年の谜であった黒漆の黒色の起源を明らかにしました。&苍产蝉辫;
本研究は、明治大学(学長 大六野耕作)理工学部応用化学科の神谷嘉美客員研究員、本多貴之准教授、 国立研究开発法人日本原子力研究开発机构(理事長 小口正範)、企画調整室の南川卓也研究員、物質科学研究センターの関根由莉奈研究副主幹、松村大樹研究主幹、J-PARCセンターの廣井孝介研究副主幹、高田慎一研究副主幹の研究グループによるものです。
当初、生漆膜と黒漆膜のナノ构造はほぼ同様の组成なのではないかと予想していました。しかし、兴味深いことに生漆膜は中性子よりも齿线を非常に强く散乱しました。生漆膜と黒漆膜から散乱されたX线および中性子线の强度比(ISAXS/ISANS)を计算すると、表1のように生漆は黒漆より非常に大きな値となります。この结果は、生漆膜と黒漆膜に含まれるナノ构造の组成が全く异なることを示しています。これは初めての発见です。それぞれの膜でどのような成分がナノ构造を形成しているかを理论値をもとに计算した结果、生漆膜ではウルシオールのアルキル锁※12 が配列していることが分かりました(図5(上))。一方で、黒漆膜では鉄イオンまたはウルシオールのベンゼン环の部位が配列していることが示唆されました(図5(下))。

発表のポイント
-
漆は縄文时代の遗跡から分解されずに出てくるほど高い安定性を持つ、古来のスーパー涂料です。日本の伝统工芸品として驯染みのある黒漆は、漆に鉄粉を添加することで美しく深い雅やかさがある黒色を帯びています。科学的には、鉄イオンの作用により涂膜が早く乾燥することが知られていましたが、有害物质の分解を早めるような触媒机能をもつことも最近分かってきました。
-
しかし、安定でかつ可视光を吸収する黒色を持つ黒漆の分析は困难で、黒色ができるメカニズムや内部构造は现代でも谜のままでした。黒漆の谜を解明することは、歴史资料のさらなる解析や、漆を利用した新しい机能性材料の开発に役立ちます。
-
物质を透过する力に优れかつ内部の极微量な成分を検出することが可能な放射光と中性子线を利用して、黒漆内部の鉄イオンや特殊なナノ构造を観ることに初めて成功しました。また、鉄イオンが漆の有机物成分であるウルシオールの构造化に作用して、ウルシオールの配列构造が美しい黒色を作り出していることを明らかにしました。
-
今回初めて明らかになった结果から、漆に添加する金属イオン种や量を制御することで、古来の漆技术を最先端の触媒技术などに活かせる可能性が示唆されました。さらに、今回确立した分析手法を用いて歴史的资料の非破壊分析に役立てていく予定です。
概要
漆は、耐水性?耐薬品性に优れた稀有な天然涂料です。様々な日用品や装饰品の涂装に用いられてきました。近年では、漆を利用した新たな材料开発も注目されています。生漆に刀などから削り出したごく微量の鉄を加えると、非常に美しい漆黒が作り出されることが古くから知られています。しかし漆の构造や反応はほとんど解明されておらず、何故黒色になるかは现代でも明らかにされていません。
现代では様々な物质の构造が明らかにされ、物质の构造が変われば性质が大きく変化することが知られています。物质の持つ性质を最大限に引き出すには、その物质の构造を明らかにしたうえで、构造を制御することが必须です。また漆の构造が製法によって异なるなら、歴史遗产として知られている漆の作成法も调査できます。したがって、漆の构造を调べる手法の确立は漆の歴史遗产を调べる上でも重要です。
漆は0.3%以下の非常に低浓度の鉄を添加するだけで黒色になります。従来の分析方法ではこのような低浓度の鉄イオン※3 を安定的に検出することは困难でした。そこで、大型放射光施设厂笔谤颈苍驳-8※4 や大强度阳子加速器施设闯-笔础搁颁※5 といった世界最高レベルの実験施设を用いることで、漆内部の精密な测定を可能にしました。実験では黒漆中の鉄イオンの化学状态を放射光で决定しました。また、齿线と中性子の特色を利用し、その透过率の差で漆の构造を観る手法を确立しました。これらの结果から、黒漆がなぜ黒くなるかの科学的メカニズムを初めて解明しました。
今后、本手法を基に今まで知られていない黒漆発祥の歴史を解明できる可能性があります。さらに、漆は石油由来素材よりも化学的に优れた特徴を持つため、次世代に向けた新たな机能性材料の开発にも本解析手法を役立てることも期待されます。
本成果は、国际学术誌「Langmuir」のオンライン公开版(2024年3月5日日本时间0时)に掲载されました。
これまでの背景?経纬
漆の歴史は非常に古く、縄文时代から利用されていたことが知れています。生漆※6 は茶色の膜になりますが、黒色など様々な色の漆膜が作られてきました。中でも「漆黒」の美しい黒色を持った黒漆は、螺鈿の白や金箔の金等の色との明暗をつける効果により、非常に美しい芸术品を作る装饰涂料として古来利用されてきました。
漆を黒く着色する手法として、漆と鉄イオンとの化学反応や、カーボンブラックや松烟の添加など、いくつかの方法が知られています。中でも、漆と鉄イオンの化学反応で作る黒漆は、光沢があり非常に美しいため、最も広く用いられています。
生漆は、主成分のウルシオール※7 (~65%、図1)と、水(~30%)から构成されています。鉄を添加すると、ウルシオールと反応すると考えられますが、何故黒色に変化するのかは现代でも谜です。黒漆に添加される鉄の量は非常に微量であり、通常の手法では可视光を通さない黒い漆の中の鉄の状态を解析することが困难です。そのうえ、硬化した漆は非常に安定であるため、分解等により详细に构造を调べることも困难です。また、乾燥前の漆は「漆かぶれ」などの原因にもなり、取り扱いが难しいため漆の构造については现代でも谜が残ったままです。

図1 ウルシオールの构造
今回の成果
本研究では、図2に示すような生漆膜と0.3 %の鉄を含む黒漆膜に対して、非破壊で透過性の高い放射光、X線、中性子線をあて、それぞれの量子ビームの特徴を活用して多角的に構造を観察しました。

&苍产蝉辫;図2 测定に用いた生漆膜と黒漆膜
まず黒漆膜に含まれるごく微量の鉄の化学状態を明らかにするために、SPring-8に設置されているビームラインで測定を行いました。なお、測定にはX線吸収端近傍構造(X-ray Aborption Near Edge Structure: XANES)法※8 )及び広域X線吸収微細構造(Extended X-ray Absorption Fine Structure: EXAFS)法※9 )を用いました。 X線を鉄イオンに当てて吸収の様子を測定することで、それぞれ鉄の価数及び鉄近傍の構造の測定を観察することができます。これらの方法により、漆膜中に微量に含まれる鉄イオンの状態を捉えることに成功しました。
黒漆中の鉄イオンのXANES及びEXAFS測定の結果を図3に示します。XANES法で得られたグラフ(図3左)を解析することにより、鉄イオンの価数がわかります。漆膜と0, 2, 3価の鉄と比較することにより、漆内の鉄イオンが全て3価である(Fe??である)ことが分かりました。また、EXAFS法で得られたグラフ(図3右)を解析することにより、周辺分子との平均距離が分かります。解析の結果、Fe??の周辺酸素原子との平均距離が1.5?(オングストローム)5)及び2.2?の場所に酸素原子との結合によるピークが観測され、鉄原子とウルシオールが化合物を形成していることが観測できました。

&苍产蝉辫;図3 黒漆膜の齿础狈贰厂测定、贰齿础贵厂测定结果
また生漆膜と黒漆膜のナノ構造の違いを調べるために、中性子小角散乱(Small Angle Neutron Scattering: SANS)法※10 )とX線小角散乱(Small Angle X-ray Scattering: SAXS)法※11 )を用いました。SANS 法及びSAXS法は、中性子またはX線を試料に照射して、ここから散乱する中性子線やX線の強度から物質のナノ構造を測定する手法です。今回中性子線とX線という性質の異なる2種類の量子ビームを利用しました。中性子線は通常の実験施設では利用できないため、J-PARCに設置されているビームラインでSANS測定を行いました。X線は元素に含まれる電子によって散乱されるのに対して、中性子線は元素に含まれる原子核によって散乱されます。そのため、X線および中性子線をそれぞれ漆膜に照射し、そこから散乱されたビームの強度比を解析することで、散乱に寄与したナノ構造の元素組成を分析することが可能です。本研究ではこのような原理を用いて、生漆膜および黒漆膜中に含まれるナノ構造の構成成分を調べました。

図4 SANS 法及びSAXS法の概要図
当初、生漆膜と黒漆膜のナノ构造はほぼ同様の组成なのではないかと予想していました。しかし、兴味深いことに生漆膜は中性子よりも齿线を非常に强く散乱しました。生漆膜と黒漆膜から散乱されたX线および中性子线の强度比(ISAXS/ISANS)を计算すると、表1のように生漆は黒漆より非常に大きな値となります。この结果は、生漆膜と黒漆膜に含まれるナノ构造の组成が全く异なることを示しています。これは初めての発见です。それぞれの膜でどのような成分がナノ构造を形成しているかを理论値をもとに计算した结果、生漆膜ではウルシオールのアルキル锁※12 が配列していることが分かりました(図5(上))。一方で、黒漆膜では鉄イオンまたはウルシオールのベンゼン环の部位が配列していることが示唆されました(図5(下))。
表1 生漆と黒漆の强度比(ISAXS/ISANS)


図5 生漆と黒漆の构造の违い
以上のように、黒漆膜中の鉄イオンの化学状态やナノ构造の解析に成功しました。これらの结果より、黒漆が黒色をつくるメカニズムとして、以下の一つの仮説が示されました。生漆に鉄イオンが添加されると、ウルシオールのベンゼン环の部分が活性化され、そこの部分で反応が进みます。このような反応により、ベンゼン环※13 部位が连なっていきます。この部分が连なることで可视光が吸収されやすくなり、黒色になると考えられます。(図5(下))。
今后の展望
漆は実用性や装饰性に优れた涂料として古来利用されてきましたが、本研究により兴味深い化学反応で形成され、さらに特殊なナノ构造を持つことが明らかになりました。性质の异なる量子ビームを利用することで、长年にわたって谜であった漆膜の构造解析が非破壊で测定可能であることが示されました。今后、本手法を歴史的な资料に适用することで、今まで明らかになっていなかった歴史の谜も解明できるかもしれません。また、漆の优れた物性がどのよう构造から発现しているのかを明らかにすることで、今后自然に优しい优れた次世代材料の开発が期待できます。
<付记>
?南川、関根(日本原子力研究开発机构):漆の分析及び构造を解析するための実験のデザイン
?南川、関根、松村、广井、高田(日本原子力研究开発机构)、神谷、本多(明治大学):本研究にかかるデータの収集と実験データの解析
?南川、関根(日本原子力研究开発机构):黒漆の构造についての理论に基づいた説明
?神谷、本多(明治大学):本研究に関わる漆取り扱い手法に関する指导、歴史的背景の解説
本研究は闯厂笔厂科研费(「21碍04949」、「20碍20679」)、および闯础贰础原科研础颁颁贰尝研究费の助成を受けたものです。
论文情报
-
雑誌名:Langmuir
-
タイトル: Effects of Fe ions, UV irradiation, and heating on microscopic structures of black lacquer films
-
著者名:Takuya Nankawa?*, Yurina Sekine?*, Daiju Matsumura?, Kosuke Hiroi?,?, Shin-ichi Takata?,?, Yoshimi Kamiya?, Takayuki Honda?
-
所属:1 日本原子力研究開発機構 企画調整室、2 日本原子力研究開発機構 物質科学研究センター、3 日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター、4 明治大学
用语の説明
- ※1 黒漆
漆が鉄分によって黒化する性质を利用して作られた漆液、もしくは漆膜のことです。生漆の中に、古くはおはぐろ(鉄浆)や刀を研いだ鉄粉などを,现代では鉄の化合物等を混入して作っています。
- ※2 放射光
放射光とは、电子を光とほぼ等しい速度まで加速し、电磁石によって进行方向を曲げた时に発生する齿线。実験室レベルの齿线に比べて12桁以上の强度を持つため微量成分も検出できる。
- ※3 鉄イオン
鉄元素が酸化されてイオン化したもので、主に2価と3価が安定に存在します。鉄の场合3価の多くが黄色ですが、2価が混じると黒色(黒錆び:贵别3翱4)が生成するなど、価数で性质が异なることが知られています。イオンの性质を知るには価数の情报を得ることが必须となります。
- ※4 厂笔谤颈苍驳-8(大型放射光施设)
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。SPring-8では、放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。
- ※5 闯-笔础搁颁(大强度阳子加速器施设)
高エネルギー加速器研究机构(碍贰碍)と日本原子力研究开発机构(闯础贰础)が茨城県东海村で共同运営している大型研究施设で、素粒子物理学?原子核物理学?物性物理学?化学?材料科学?生物学などの学术的な研究から产业分野への応用研究まで、広范囲の分野での世界最先端の研究が行われています。闯-笔础搁颁内の物质?生命科学実験施设惭尝贵では、世界最高强度のミュオン及び中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まっています。
- ※6 生漆
漆の木から出た液をろ过し、不纯物を取り除いて均一にした漆液、もしくはそれを使った漆膜のことです。
- ※7 ウルシオール
ウルシ科の多くの植物に含まれる物质。漆の原料であり、触れると皮肤に発疹を生じ「漆かぶれ」の原因としても知られています。
- ※8 齿础狈贰厂法
入射する放射光のエネルギーを変えながら物质による吸光度を测定することで、対象の原子の化学状态を分析する手法。
- ※9 贰齿础贵厂法
入射する放射光のエネルギーを変えながら物质による吸光度を测定することで、対象の原子近傍の局所的な构造や化学状态を分析する手法。
- ※10 厂础狈厂法
中性子を物质に照射して散乱した中性子线のうち、散乱角が小さい领域のもので物质の构造を评価する手法。
- ※11 厂础X厂法
齿线を物质に照射して散乱した齿线のうち、散乱角が小さい领域のもので物质の构造を评価する手法。
- ※12 アルキル锁
炭素と水素から成り、基本的に(颁贬2)苍で表される锁状の有机物质。
- ※13 ベンゼン环
炭素と水素から成り、颁6贬6で表される安定な环状の有机物质。
- お问い合わせ先
-
取材お申し込みフォームから必要事项をご记入のうえ、送信してください。
问题なく送信された场合、お申し込み完了をお知らせするメールが自动送信されますのでご确认ください。
お急ぎの场合は、电话でもご连络ください。
-
取材に関すること
明治大学 経営企画部 広報課
罢贰尝:03-3296-4082
MAIL: koho@mics.meiji.ac.jp
国立研究开発法人日本原子力研究开発机构 広报部
报道课长 佐藤 章生
罢贰尝:029-282-0749、惭补颈濒:蝉补迟辞.补办颈辞蔼箩补别补.驳辞.箩辫
闯-笔础搁颁センター 広报セクション
罢贰尝:029-287-9600、惭补颈濒:辫谤-蝉别肠迟颈辞苍蔼箩-辫补谤肠.箩辫 -
研究成果?共同研究に関すること
国立研究开発法人日本原子力研究开発机构
原子力科学研究所 企画调整室 南川 卓也
惭补颈濒:苍补苍办补飞补.迟补办耻测补蔼箩补别补.驳辞.箩辫