鸟取県弁护士会のマスコットキャラクターで中田正子さんをモデルとする「まさこ先生」と法服を着た明治大学公式キャラクターの「めいじろう」
2024.7
第17週「女の情に蛇が住む?」を振り返って
明治大学法学部教授、大学史資料センター所長/図书馆長
村上 一博
村上 一博
第17週は新潟编の第2週目、男爵令嬢の凉子様(桜井ユキさん)とお付きの玉ちゃん(羽瀬川なぎさん)の来し方が明らかになりました。
华族制度について少し復习しておきましょう。明治2年顷华族制度は発足しましたが、明治17年7月の「华族令」によって「公?侯?伯?子?男」という5つの阶级の爵位が定められ、整备されました。「公爵?侯爵」は、徳川の家系、元公家や大藩の藩主などに、また「伯爵?子爵?男爵」は、比较的小さな藩の藩主や、明治维新后に勲功があった人などに与えられました。华族には、金禄公债が付与され、「华族世袭财产法」(明治19年)によって、不动产などの基本财产が手厚く保护されました。华族の身分(爵位)は世袭(ただし、男性に限る)とされ、たとえ借金をしても基本财产が差し押さえられることはなかったのです。また、华族の男性は、华族学校(现在の学习院)、さらに、帝国大学(现在の东京大学)に无试験で入ることもできました。また、一般の选挙に拠らず贵族院议员にもなれました。公爵?侯爵は无条件で(ただし、议员报酬なし)、また伯爵?子爵?男爵は、互选で议员になることができました(议员报酬あり)。しかし、戦后、こうした华族の制度は、日本国宪法第14条2项で「华族その他の贵族の制度は、これを认めない」と定められたことにより、廃止されました。华族の特権はすべて失われるとともに、戦时利得の没収を目的とした财产税法によって10万円以上の财产を持つ者に重税が课されたことで、多くの华族は财产の8~9割を没収されたと言われています。凉子の桜川家が、どのような家柄の男爵家であったのかは分かりませんが、跡継ぎの男子がおらず、公司経営していた様子もありませんでしたから、华族身分の廃止によって莫大な借金を抱え、屋敷や使用人を手放さざるをえなかったのです。さらに新潟の别荘を売却、それを资金にしてライトハウスを购入し、そこで、凉子と玉は喫茶店を営むことになったという设定です。
玉は、空袭で吹き飞ばされたときに腰を强打して车いす生活になりましたが、努力して修得した英语力が実を结び、受験生たちに英语を教えるまでになっていました。しかし、玉の心境は复雑でした。障害を负ってしまった私が「これ以上、お嬢様の负担になりたくない」、「身分からもお母様からも解放されたのに???私が缚り付けている」。「私がいなければ、お嬢様は、今顷自由な世界で【なりたい】何かになれていたはず???私が中途半端に生き残ったばかりにこんな目に」遭ってしまったのだと思い詰めて、身体障害者福祉法(昭和24年12月)によって创设された、治疗と职业训练をしながら生活を支援する更生施设に入所できないか、寅子に頼んだのでした。しかし、凉子は、「玉と生きていくことが幸せ」であると涙ながらに玉に诉えます。结局、凉子と玉は、それまでの主従関係を改めて、「亲友」(凉子ちゃん、玉ちゃんと呼び合う対等な関係)として、ともに支え合って生きていく决意を固めたのでした。
杉田太郎弁护士が主宰する麻雀大会に参加しようと、麻雀の勉强を始めた寅子でしたが、航一も麻雀が好きだったようですね(ちなみに、叁渊さんもよく麻雀の卓を囲んでいたようです)。その麻雀大会で、太郎弁护士が优未を见て、突然泣きだしたのにはビックリしましたね。长冈の空袭で一人娘と孙娘を同时に亡くした悲しみが、优未に会って吹き出してしまったのでした。航一が太郎を抱きしめて、优しく背中をさすりながら、「ごめんなさい???ごめんなさい」と繰り返したのにも惊かれたでしょう。航一が、どうしてこのように言ったのか、彼の「秘密」とは何なのでしょうか。次週、明らかになります。
地元の有力な山林地主である森口の娘美佐江(片冈凛さん)は、狂気を内に宿している不気味な存在として登场しました。勉强がよくできてカリスマ性をもった高校生なのですが、新潟で频発している少年たちによる暴行?窃盗事件などの背后に、美佐江の存在が见え隠れしています。少年たちはみな、美佐江が「私の特别」な人に与えた「赤いビーズの腕饰り」をはめていて、少年たちは美佐江の「気持ちをスッキリさせるため」に、犯行に及んでいた可能性が、浮かび上ってきたのです。凉子が意味深な発言をしていましたね。「一部の子达だけれども、昔の私のようなお颜をされるの。孤独や苛立ち、谁も自分を理解しない???そんなお颜」と。これは、美佐江のことでしょうか。
<补足>
明治大学校友会鸟取県支部?同仓吉地域支部や関係各所のご协力を得て、今夏、「女性法曹の诞生」讲演会?座谈会?パネル展をエースパック未来中心(鸟取県仓吉市)で开催します。今回、叁渊嘉子さんと叁渊さんと同窓で长く鸟取県で弁护士活动を続けた中田正子さんをはじめとする女性法曹に焦点を当てます(1950年顷まで现在の司法试験を突破する女性のほとんどは、本学女子部?法学部出身者だったのです)。ご関心のある方は、8月24日(土)?25日(日)にエースパック未来中心へお越しください。
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