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令和7年1月15日 当院は、おかげさまで开院4周年を迎えました

こころの病気のお话

第4回  発達障害の考え方

 前回は、発达障害のことを「知的能力やコミュニケーション能力がバランスよく育っていないために、社会がその年齢に期待することが上手にできない」と説明しました。そして、上手にできないかもしれないが、その人なりにできるようになる、みんながみんな上手にできなくてもいいとフォローしました。

 自分で言っておきながらなんですが、じつは、私はこの言いまわしが気に入りません。できない侧に立ってみれば、できるできないで选别されて「障害」と诊断されるのも、できる人间から「上手にできなくてもいいんだよ」と言われるのも、面白くないだろうと思うからです。

 発達障害を「非定型発達」とする言い方もありますが、これもどうかと思います。こんなふうに言われたら、「定型」の方がスタンダードなの? そっちがお手本? みたいに感じるんじゃないでしょうか。

 精神科の病気を考えるとき、なにかの拍子に脳の働きがうまいこといかなくなり、「いつもと违う」状态になっているなら、これは病気として受け入れやすい。しかし、「上手にできない」から、「みんなと违う」からといって病気や障害にされたのでは、纳得できないでしょう。その人にとってみれば、それが「いつもと同じ」状态なのですから。

 しかし、精神科の领域では、このように「いつもと违う」状态だけでなく、「みんなと违う」人も「障害」のくくりに入れて考えます。発达障害やパーソナリティ障害が、それに该当します。その人たちは、もともとそういうふうに発达している人、そういう性格にできあがった人なのですが、平均集団から外れているとみなされるために、「障害」と判定されるのです。もちろん、それだけではなく、その特徴によって本人も周囲もたいへん困っているという条件がつきますけどね。

 このような発达障害の考え方に、私は以前から违和感を覚えていたのですが、それがさらに强くなったのは、自闭症を持つ作家、东田直树さんと知り合ってからです。东田さんとは、雑誌「ビッグイシュー」の誌上で2年半にわたり往復书简を连载し、讲演会も3度ばかり一绪にやりました。

 その経験を通じて、私は自分の感じる「违和感」をなんとか解消したいと考えるようになりました。なぜなら、东田さんとのやりとりを通じて、当事者の抱く「できない」侧や「违う」侧に置かれることの悔しさ、无念さが、想像していた以上に大きなものだと気づいたからです。

 そこで、思いついたのが「発达マイノリティ」という言叶です。いわゆる「発达障害」の人たちは、発达におけるマイノリティ(少数派)といえます。この「発达マイノリティ」は、発达の仕方に生物学的な特徴があります。だからこそマイノリティなのですが、私たちの生きる社会がマジョリティ仕様にできているために、不便をこうむるし不自由も感じることになります。

 いっぽう、マイノリティの人たちは社会的に区别されるのを嫌います。これは谁にでも容易に想像できますね。一方的に「区别」されて気持ちのいい人はいませんから。だとすれば、人道的に考えて、マジョリティはマイノリティに対して亲切であるべきです。すなわち、マイノリティの人たちには配虑(思いやりや社会的サービス)が必要になります。

 と、このように考えると、胸のつかえがいくぶん下りる気がします。もちろん、これは医学的概念ではありません。けれども、それとも矛盾しないことは、上に述べた理屈でわかっていただけるでしょう。

 ちなみに、「マイノリティ」とカタカナにしたのは、「セクシャル?マイノリティ」からの连想で思いついた言叶だからですが、もうひとつ理由があります。少数であるがゆえに社会的差别を受けている人たちとの连帯を意识してのことです。

 とくに、セクシャル?マイノリティ、LGBTの人たちの运动は参考になるところです。かれらは、かつて精神科の病気としてあつかわれていた同性爱や性同一性障害を、その枠から外すことに成功しました。医疗のサポートは必要だが、诊断(医学的ラベル)は必要ないと主张したのです。现在では、その考え方に沿って支援が进められています。もちろん、社会的サービスはまだまだ不十分ですが、精神科の诊断マニュアルから病名が消えたのは画期的なことです。

 発达障害の考え方は、はたしてここまで変わるでしょうか。私は変わってほしいと愿っていますが、ここまで制度がガッチリできていると难しいかもしれませんね。でも、现在の発达障害の「流行」は异常ですし、この问题について医疗が特権を握っているような风潮は好ましくありません。とくに子どもの発达障害においては、本来、保育や教育、福祉に力点が置かれるべきであり、医疗はそのお手伝いをする黒子の立场にいたほうがいいと思います。